Re.My_little_sister (7〜16話)

7)
その日の放課後。隣のグランドにいる麻衣が気になって仕方なかった。練習の合間、チラチラと見た麻衣は、ボールを拾ったり、タオルを手渡したり、監督の横でスコアブックをつけたり、いや、アイツ、スコアブックなんかつけられるのか!? とにかく、ちょこまか楽しそうに動き回っている。で、時折、目が会うと小さく手を振ってくれた。いつもなら無視するけど、この日は思わず、手を振り返してしまう。遠くでニッコリ笑っているのが分かる。その笑顔が僕の、一番の弱点。誰にもいえない、弱点だった。
「こらっ、鈴木っ! なにボケっとしてんだ!」
監督の怒声が聞こえた。やべぇ。しまった。目の前を通り抜けたボールが、ゴールに飛び込んでいった。
「しっかりしろ! レギュラー外されたいのか!」
「す、すみませんっ」
視界の端っこの方で、麻衣がこっちを見てクスクス笑っている。恥ずかしいトコ、見せちまった。
「罰として学校の周り3周っ。今すぐ走ってアタマ冷やしてこいっ」
汗だくだくになって戻ってきたとき、隣のグランドに、麻衣の姿がなかった。

8)
「健太、麻衣まだ帰らないんだけど、なにか知らない?」
テレビを見ていたら、母親に話し掛けられた。
「野球部の練習、遅くまでやってんだろ、きっと」
「・・・そう、なら、いいんだけど。あなた、お兄ちゃんなんだから、少しは心配しないさよ」と言って、台所に戻っていった。
チラリと時計を見る。そういえば、もう、親父が帰ってくる時間じゃないか。いつもより、麻衣の帰りが2時間は遅い。どうしたんだろ? そう思ったとき、ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
「麻衣、お帰り。今日は遅かったわね」
「・・・うん。ただいま」
そう言って、トントンと2階の自分の部屋に向かう。
あれ!?
いつもなら、まず最初に、僕のところに駆け寄ってくるのに。今日一日の出来事を、全部、僕に話すのに。
どうしたんだろ!?

9)
「麻衣・・・」
ノックをしても返事がない。
「麻衣、いるんだろ? おーい、麻衣、入るぞ」
「・・・だめ・・・着替えてるから・・・」
やっぱり、元気がない。心配になって部屋を訪ねた僕に、小さく返ってきた。
「どうした、元気ないみたいだな」
「・・・練習、遅くなちゃったかったから、疲れちゃって・・・」
「そっか」
「ごめんね・・・お兄ちゃん・・・」
「何謝ってるんだよ。麻衣が謝ること、ないだろ。疲れてるんなら、早く風呂入って寝た方がいいぞ」
「・・・少し休んでからにする・・・ご飯もあとで食べるからって、お母さんに、言っておいて・・・」
「あぁ、分かった。無理するなよ・・・おーい、麻衣!?」
「・・・うん、ありがと・・・」
結局、僕が寝るまで、麻衣は部屋から出てこなかった。

10)
「おはよー、おにーちゃん、ほぉら、また遅刻するぞぉ」
翌朝、麻衣はいつも通り、元気すぎるほど元気だった。いつもの笑顔だった。ほっとした。2人で連れ立って、バカ話をしながら学校に向かう。
「ところで、さ、麻衣」
「なぁに、おにーちゃん。まさか、また麻衣特製のおべんと、忘れたなんていわないよね」
「違うって。あのさ、野球部に久保っているだろ」
「えっ!?」
麻衣の身体がビクッと震えた。
「・・・い、いるけど。それがどうしたの」
「どんな奴かなって、思ってさ」
「・・・どんなって、別に・・・。あっ、もしかしておにーちゃん、妬いてるの?」
「ち、ちがうよっ、バカ言うな。そんなこと、ある訳ないだろっ」
「・・・そう、だよね」
それっきり、麻衣はしゃべらなかった。ちょっと、言い過ぎたかな。

11)
それからまた、2週間が過ぎた。
麻衣は相変わらず元気そうに見えた。土日も練習があるからと、一日中学校に行っていた。いつも帰りは遅かったけど、夏の大会で優勝の可能性があるだけに、野球部も練習に力が入っているのだろうと、そう勝手に思っていた。
「麻衣、最近、頑張ってるみたいだな、マネジャー」
「えっ、あ・・・うん。忙しくって、大変だよ」
「あんまり無理するなよ。食欲もないみたいだし」
「・・・ありがと。お兄ちゃん、・・・優しいね」
夕食時の、いつもの会話だったけど、やっぱり疲れているみたいだ。
正直、寂しくもあったけど、でも、今までずっと、僕にべったりだった麻衣が、僕以外のことに一生懸命に頑張っているなら、それでいいと思っていた。まぁ、兄貴離れって、いうのかな。
「そうだ。麻衣さ、今度の週末、映画でも見に行こうか。ほら、麻衣見たがってたろ、なんとかって映画をさ」
励ましてやる、つもりだった。でも、麻衣は、箸を止めて俯き、何も答えない。
「・・・」
「どうした、麻衣」

12)
「ごめん、ね・・・」
「なんか、予定でもあるの? そっか、野球部の練習あるもんな」
「・・・うん。・・・それで、ね」
「それで?」
残念。麻衣と過す時間が減って、がっかりしている、僕。でも、そんながっかりした顔を見せたら、麻衣が傷つくかなって思って、だから、笑った。
「また・・・、合宿なの」
「合宿って、先週も野球部の合宿だったろ!? 今週もなんだ」
「うん・・・。ほら、夏の大会目指して、みんな頑張ってるから」
「じゃ、しょうがないな」
「ほんとに、ごめんね・・・。お兄ちゃん、せっかく誘ってくれたのに」
「気にすんなって。そのうち時間ができたら、パーッとどこか、遊びにいこうな」
「うんっ! 遊ぼーね、おにーちゃん! いっぱいいっぱい、麻衣と遊んでね、楽しみにしてるよ」
久しぶり麻衣の笑顔を見ることが出来て、すげぇ嬉しかった。やっぱ、僕は麻衣のこの笑顔が、好きだ。

13)
好き!?
麻衣の笑顔が!?
笑顔だけ!?
違う・・・。違う・・・。
布団の中で、ぼんやりと考えた。
僕は、麻衣のことが・・・。
ボクハ、マイノコトガ、スキ
ボクハ、イモウトガ、スキ
駄目だ駄目だ駄目だ。
もう何度も繰り返した。
その度に、否定してきた。
マイハ、イモウト
スキニナッチャ、イケナイ
頭から、布団を被った。
ナニモ、カンガエチャ、イケナイ

14)
麻衣特製の弁当を忘れて、昼休み、ぼけっと教室の窓から外を眺めていた。
あの、後姿は・・・。
「ま、い・・・!?」
グランドの端っこで麻衣の姿を見つけ、大声で声をかけようとした。そのとき、麻衣の歩く先に、あいつがいるのを見つけた。あいつと、ほかに2人の野球部の奴がいた。麻衣が、あいつの前で立ち止まった。あいつが何か話し掛けた言葉に、頷いている。そのまま連れ立って、部室の方へ歩き出した。そして・・・、あいつが・・・、麻衣の肩に腕を回した・・・。
「な、なんでっ!?」
麻衣の後姿に嫌がる素振りはない。
どうしてだよ・・・。
あいつの手が、耳の後ろ側で2つに束ねた髪をいぢくっている。
あいつの手が、麻衣の制服の背中を撫で回している。
麻衣!!!
自分でもどうしてか分からない。苦いものがこみ上げてきて、胸騒ぎを憶えて、教室を飛び出した。

15)
野球部の部室の前で、そこまできてしまって、でもどうしていいのか分からず、ドアの前で入ったり来たりしていた。部室の窓はぴっちりとカーテンで閉じられ、中の様子は全く分からない。中から、大音量で鳴っているラジオの音だけが聞こえた。
心臓がドクンドクンと高鳴る。
僕は何をしているんだろう。中で麻衣はなにをしているのだろう。練習の打ち合わせ? それなら、こんなに大きな音は立てないだろう。それに、あいつは麻衣の肩を抱いていた。僕の妹の麻衣の身体に触っていた。僕にべったりだったはずの麻衣が、それを許していた。
信じられない光景だった。
あいつ、麻衣と付き合っているのか? 麻衣は、家ではそんな素振りをまるで見せなかった。何も言っていなかった。そんなはずはない。ある訳がない。
どうして、僕はそう言い切れるんだ・・・。
もし、麻衣とあいつが付き合っていたら?
そのとき、僕はどうすればいいんだ・・・。
麻衣は妹じゃないか、誰と付き合ったって・・・でも・・・。
昼休みが終わる予鈴が鳴った。とりあえず、教室に戻ろう。そう思ったとき、目の前で部室のドアが開いた。

16)
「おにーちゃんっ!?」
いきなり目の前に立っていた僕を見て、目をまん丸に見開いた麻衣が驚いた。
「なんだよ、お前」
僕と麻衣の間に、遮るようにあいつが入り込んだ。
「なんか用かよ」
僕を見下すようにニヤニヤと笑っているあいつを、僕も睨み返した。
「おまえら、中で何をしてたんだよ」
「関係ねぇーだろ、お前にはよ」
「答えろよ」
「麻衣の兄貴だからって、俺たちがなにしようと勝手だろ、なぁ、麻衣」
話を振られた麻衣は、俯いたまま固まっていた。
「麻衣、いったいどういうことなんだよ、麻衣、おい、麻衣ってば」
「おいおい、麻衣も嫌がってるだろ。過保護な兄貴は嫌いだってよ。さ、いこうぜ」
あいつがまた、麻衣の腕をつかんでぐっと引き寄せ、歩き出した。麻衣は僕と目を合わせ様ともせず、肩を抱かれたまま僕の横を通り過ぎていく。
「おいっ、麻衣っ」
あいつが振り返り、ニヤリと笑って言った。
「反省会だよ、反省会。この前の練習試合のな」
「本当なのか、麻衣?」
「…うん」
「ちゃんと出来なかったら、はんせーするのは当然だろ。そういうことだからさ、よろしくな、お兄ちゃん」
(つづく・ここから先リニューアル書下ろしになります)


yuki
2005年08月26日(金) 19時44分56秒 公開
■この作品の著作権はyukiさんにあります。無断転載は禁止です。