Re.My_little_sister (17〜22話)

17)
最近、麻衣とまともに話していない。
平日は、朝練があるからと早朝に家を出ていく。僕が起きる頃には台所に麻衣の特製手作り弁当が1ケ。もちろん、夜も帰りは遅く、土日も練習。ほとんど顔を会わせる時間がない。
正直、寂しい。麻衣の存在がどれだけ僕の元気になっていたのか、改めて痛感した。そんなこと、決して表には出せないけど。
夏の県大会はもうすぐ。僕もサッカー部の練習で忙しいけれど、正直、実が入らない。
「お兄ちゃん、麻衣も頑張ってるから、お兄ちゃんもサッカー部頑張ってね。応援してるよ」
一昨日の昼休み、たまたま廊下で会ったとき、麻衣が言ったその言葉と、麻衣の笑顔が今の僕にとって、唯一の支えだった。
少し疲れた表情をしていたけれど、明るい可愛らしさは変わらない。
麻衣も頑張っているんだ、僕も頑張らないと。麻衣に笑われてしまう。

18)
月曜日の放課後、野球部のグラウンドは閑散としていた。
不思議に思って同じクラスの野球部のヤツに聞いたところ、今日の練習は休みだとか。なんでも、「昨日はダブルヘッダーで練習試合をしたから、今日は特別に、疲れを癒すため練習はなしになった」ということだった。
やった! 麻衣に会える。
麻衣のクラスを覗いたら、すでに姿はなかった。HRが終わるなり、帰宅したという。
家に帰れば麻衣がいる。久しぶりに麻衣とたくさん話ができる。
自惚れとかではなく、きっと、麻衣も僕と話したいと思っているはず。
以前みたいに、明るい笑顔で「おにーちゃん」。そう呼んでくれるはず。
僕も急いで家に帰ろう。サッカー部の練習は、急に具合が悪くなったことにしよう。
小走りで家路を急ぐ。
そうだ! 途中で麻衣の好きだったケーキを買って帰ろう。
麻衣の大好物の、商店街の角のケーキ屋。大きな苺が二つものった特製ショートケーキ。
「おばちゃん、いつもの2つ。いーや、今日は奮発して4つ」
麻衣の喜ぶ顔を思い浮かべながら小走りで、でも、ケーキが崩れないよう箱は大事に抱えた。
「ただいまーっ!」

19)
ドアを開けると、玄関にはたくさんの靴があった。
黒い男物の革靴は、うちの学校の指定。ちょこんと置かれた麻衣の小さな茶色のローファーを取り囲むように、たくさんの革靴が乱雑に脱ぎ散らかされている。
靴入れの脇にはバットケースも置かれていた。
野球部の連中が、うちにきてるのか…!?
なんでだよ…。せっかく、久しぶりに麻衣とたくさん話ができると思ったのに…。
さっきまでの昂奮が、急速に冷めていく。
「なんでだよ…」
思わず、苛立った言葉が口をついた。
二階にあがってすぐが僕の部屋。奥が麻衣の部屋。その、奥の部屋から男の野太い笑い声が聞こえた。
麻衣が、僕以外の男を部屋にいれるなんて。無性に苛立つ。
あいつら、なんでうちに来てるんだよ。
麻衣も、なんで野球部のやつらなんか家に上げたんだよ。

20)
ケーキの小箱を手にしたまま、麻衣の部屋の前に立つ。
「mai´s room」と書かれた木製のプレートがぶら下がっている。
コンコン。
コンコン。
ノックをして、少し間をおいてからドアが薄く開いた。
顔を出したのは、麻衣ではなく、アイツだった。野球部の久保信一だ。
「お兄さん、ちょっと上がらせてもらってるんで。騒がしくして悪いっすねー」
「麻衣は?」
「もちろん、中にいるぜ」
「ひとんちで、なにしてんだよ」
僕の苛立ち露な声に、久保のヤツは口元を歪めて笑った。
「ミ・イ・ティ・ン・グ。ミーティングだよ」
ドアの隙間からは、ゲラゲラと笑い声。テレビゲームの音。ヒューヒューと口笛。とてもミーティングをしている雰囲気は感じられない。
「ちょっと、麻衣に用事があるんだ」
ノブに手を掛け、開けようとしたがびくともしない。久保のヤツが足でがっちり押さえていた。
「おっ、なんだよ、それ」
不意をつかれ、ケーキの箱を奪われてしまった。
「わりーな、差し入れまでしてもらって」
「そっ、それは」
「分かってるよ。ちゃーんと麻衣に食わしてやるって。んじゃ、まだミーティング途中だからよ、邪魔すんなよ」
「おいっ」
バタン!
ドアを閉じられてしまった・

21)
しばらくして、居間で寝転がってテレビを見ていたら、階段をゆっくりと下りてくる小さな足音が聞こえた。
「…お兄ちゃん、ごめんね」
せっかく麻衣と食べようと思っていたのに。振り返った僕の苛立ち露な表情に、制服姿の麻衣が肩をすくめた。
「ごめんなさい。急にミーティングすることになったんだけど、練習お休みだから部室使えなくて、それで…」
しゅんとした麻衣の表情に、心が痛む。上目遣いに僕を見る申し訳なさそうな視線に、また心が痛む。
そうだよな、仕方ないよな。ケーキだって僕が勝手に買ってきたんだし。
「場所がないから、どうしてもうちにって…」
麻衣が自分から連中をうちに誘ったりした訳じゃないんだろーし。これもマネジャーの仕事のうちだよな。
「…ほんとに、お兄ちゃん、ごめんね」
考えてみれば、サッカー部の連中で同じようにマネジャーの家に押しかけたこともあったよな。まぁ、そのときは追い返されたけど。
「ごめんなさい…」
「いいんだ、麻衣。気にするなって。それより麻衣、マネジャーの仕事大変だなー」
今にも泣き出しそうな麻衣の頭を優しく撫でてやると、ようやく、少しほっとした表情を見せた。
「いろいろ大変なことあるだろーけど、途中で投げ出したりしないで頑張れよ」
「………うん。ありがと、お兄ちゃん」
「よしよし」
「それであの、麦茶とコップ運ぶの、手伝ってもらえないかな。重たくて1人じゃもちきれないから…」

22)
…ぬちゅ…ぬちゃ…
麦茶を注いだコップをお盆に並べて階段を上る。僕の後ろに、同じようにして麻衣がついてくる。
こぼさないように、慎重に慎重に。ゆっくりとゆっくりと。
…んちゃ…ぬちゅ…
ん!? なんか変な音が?
…ぬちゃ…
一段ずつ、そーっと足を上げる。そっと足を上げて。麻衣がコップの端ぎりぎりまで注いだので、少しでもお盆を揺らすとこぼれそうだ。
そーーーっと振り返った。
「なぁ麻衣、なんか変な音しないか?」
「えっ、別にしないよ」
「そっかー。それより、そんなへっぴり腰で階段上ってたら、麦茶こぼれるぞ」
麻衣は妙に内股で腰を後ろに引いた姿勢をしている。
「平気、へーきだよ」
再び、階段をゆっくり上がる。
ぬちょぉ…
僕があと1段で上り切るというところで、麻衣の「あっ」という声と、ガチャとガラスが鳴る音がした。
「麻衣、大丈夫か?」
振り返れず、尋ねた。
「うん、なんとか…。もうすぐだから、早く運んじゃお」
ようやく部屋の前まで辿り着くと、待っていたかのようにドアが開いた。部屋から出てきた野球部の先輩がお盆を受け取る。
「お兄ちゃん、ありがと。ここでいいから。あとは野球部の人が手伝ってくれるから。ありがと」
空になったお盆を二つ持って、階段を下りた。
「あれ!?」
上から5段目のところに、白いものが落ちている。
「ケーキのクリーム!? なんでこんなことろに?」
麻衣の制服にでもくっついていたのかな。

その日の夜は、久しぶりに麻衣とたくさん話した。正直、すげー楽しかった。麻衣には内緒だけれど。
(つづく)


yuki
2005年08月27日(土) 15時32分59秒 公開
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